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2017年5月29日 (月)

アゼリアジャズ オーケストラ 第25回定期コンサートが開催された。

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■一昨日の27日(土)大阪池田市のアゼリアーホールで開催された足立衛&アゼリアジャズ オーケストラ(AJO)の公演が行われた。このコンサートは同バンドの記念すべき第25回目定期公演となる。

全国広しと言えどホール付のジャズオーケストはこのアゼリアジャズーケストラしかない。いけだ市民文化振興財団の肝いりで、関西ジャズ教会の協力のもとに創立されたものだ。

すでに13年目の歴史を誇っている。

※画像は当日のプログラムの表紙。

 

■今回の特別ゲストはドラマーの東原力哉氏。力哉氏の演奏は、オーソドックスなビッグバンドドラミングを踏まえたうえで、新しい感覚、斬新なフレージングを存分に展開。ダイナミックかつスリリングなプレイは、会場のお客様の(一緒に演奏したミュージシャンも)心をわしづかみにした。

私は、終演後の打ち上げそして二次会にも参加し、同じテーブルで力哉氏と親しくお話しをすることができた。

facebookに写真がたくさん出ていますので、ぜひご覧くださいませ。

https://www.facebook.com/itaru.sawasaki

■力哉氏は今では誰もが認めるスーパードラマーなのだが、興味深かったのは駆け出しの頃のお話。力哉氏は19歳のころから関西を代表するピアニスト故田中武久氏(Elvin Jonesとの競演CDものこされている)のもとで薫陶を受け素晴らしいジャズドラマーとして成長していったわけだが、決して平坦な道を歩んできたわけではないとのこと。

 

♪その頃、某所でのセッションのあと田中氏から「お前ええやん。名前なんていうのや、また叩いてもらうわ」と言われ力哉氏飛び上がるほど嬉しかったものの、待てど暮らせどぜんぜん音沙汰が無い。たまりかねて田中氏のお店に恐る恐る行ったところ、田中氏が力哉氏に開口一番「お前誰や」。「えええっ~~!!」なんと、力哉氏をぜんぜん覚えていなかったそうだ!

がっかりしたがそれでもめげずに、これをきっかけに田中さんのもとに少しづつ出入りするようになり、先輩ドラマーが仕事の都合で参加できないにワンステージ目に限り、叩かせてもらうようになっていったとのこと。

 

♪やがてレギュラードラマになったものの、田中氏のドラムに対する注文は厳しく「お前はホントにイモやなぁ。ドラムセットの下にイモ買って置いとくぞ」と厳しくも暖か~い指導を受け続けた。

この積み重ねによって、関西いや日本を代表するドラマーに成長したのだ。

天賦の才能と共に、絶対へこたれない、真摯に努力する力哉氏の音楽に対する姿勢が田中氏のもとで花開いていったのだ。

爾来、40年近い田中氏のと師弟関係が続いていった。しかし2014年惜しくも田中氏は急逝されたのだ。

 

♪AJOのリーダー足立衛さんにうよれば、田中氏が亡くなる少し前に「だんだん昔の仲間が亡くなっていって寂しいですねと」話しかけると、「そうやなぁ、でも俺には力哉がおるからな」と笑顔で話され、力哉氏を育てたことを誇りに思われていた様子が伺われたとのことである。

 

■その他、力哉氏がアイドルとするドラマー“Tony Williams”の話が弾み、1960年代のマイルスクインテットの最優秀録音は“Miles in Tokyo”であると意見が一致したことや、某著名バンドの全国ツアーの際、ステージでどうしても納得が行かないことがあり、途中でスティックを放り投げかえってきたことなど、興味深いお話が続き、あっという間に池田の夜は更けていったのでありました。

この続きはまたの機会に。。。。

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