カテゴリー「Musician」の17件の記事

2017年5月29日 (月)

アゼリアジャズ オーケストラ 第25回定期コンサートが開催された。

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■一昨日の27日(土)大阪池田市のアゼリアーホールで開催された足立衛&アゼリアジャズ オーケストラ(AJO)の公演が行われた。このコンサートは同バンドの記念すべき第25回目定期公演となる。

全国広しと言えどホール付のジャズオーケストはこのアゼリアジャズーケストラしかない。いけだ市民文化振興財団の肝いりで、関西ジャズ教会の協力のもとに創立されたものだ。

すでに13年目の歴史を誇っている。

※画像は当日のプログラムの表紙。

 

■今回の特別ゲストはドラマーの東原力哉氏。力哉氏の演奏は、オーソドックスなビッグバンドドラミングを踏まえたうえで、新しい感覚、斬新なフレージングを存分に展開。ダイナミックかつスリリングなプレイは、会場のお客様の(一緒に演奏したミュージシャンも)心をわしづかみにした。

私は、終演後の打ち上げそして二次会にも参加し、同じテーブルで力哉氏と親しくお話しをすることができた。

facebookに写真がたくさん出ていますので、ぜひご覧くださいませ。

https://www.facebook.com/itaru.sawasaki

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2011年5月31日 (火)

東日本大震災チャリティ・ジャズコンサート

平成23年5月7日、大阪梅田桜橋の”サンケイホール・ブリーゼ”にてタイトルのコンサートがNPO法人関西ジャズ協会、なにわジャズ大賞運営委員会の共催で開催された。関西在住のジャズミュージシャン54名、ボランティア21名、などなど多くの方々の協力を得ることが出来た。ご来場のお客様も900名を超え、大成功をおさめることができた。若干お手伝いした者として、全ての皆様に感謝したいと思う。「ありがとうございました」

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2010年5月 3日 (月)

遅ればせながら報告

ほぼ一ヶ月前の山口真文さんのライブ報告となる。

ライブは実は二日間連続であった。一日目(4月4日・日)は、大阪梅田のライブハウス”Royal Horse”。二日目(4月5日・月)は、なんと”北野病院”でのライブ。両日の演奏、コンセプトを違えて行われ、いずれも素晴らしい演奏だった。

一日目は1967年前後のマイルスデビス・ウエインショーターの作品がずらりのいわゆる新主流を主体としたもの。例えば”Nefertiti””Sorcere””Pinocchio”等々。メンバーもこのコンセプトに相応しく、Tp広瀬未来・Pi中島徹・Dr東原力哉・Bs神田芳郎の方々。

二日目は、スタンダード中心の”Slow Boat to China””I'll Close My Eyes”””Bye Bye Blackbird”等々。メンバーは、Tp田中洋一、Pi高橋俊男、Dr竹田達彦、Bs宮本直介、Vib鍋島直昶の方々。※画像は、北野病院5階ホールでの演奏風景

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2009年5月26日 (火)

武村さんの思い出(3/3)

Takemuracdbl それから約二ヶ月後の5月21日、武村さんは帰らぬ人となった。ピアニストとしてたぐいまれな才能を持ち、仕事では万全の信頼を寄せら、また音楽を志す人々や私たち後輩には限りない優しさを示された方だった。63歳、まだまだこれから大きな仕事をされるはずだった。この若さで病に命を奪われてしまうなんて、なんて理不尽なことかと思った。

画像は、送られてきたCDのジャケット。このCDは、”Produced By Shingo Takemura”とクレジットされており、人生の最後までご自身でプロデュースされたのだ。

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2009年5月23日 (土)

武村さんの思い出(2/3)

Takemurabl_4  2003年の1月13日、金曜日の練習が終わって少しゆっくりしていると、”ヌ-ボー”のママから電話がかかってきた。普段めったにかかってくることはないので何だろうと思って出てみると「今、武村さんがお見えになってます。北陸から学生時代の武村さんのお友達がテナーサックス持って出てこられるらしく、良かったらドラム叩きに来ていただくと嬉しいんですけど」ということだった。私もその方を少し存じ上げていることもあり、他に予定もないので行くことにした。お店に到着すると、いつもどおりの武村さんがいた。やがてセッションが始まり、ご友人も参加された。何曲かをご一緒した。楽しいひとときだったが、この日武村さんは、いつもより早めにお帰りになった。

結局、この日セッションが私がご一緒させていただいた最後の演奏となった。

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2009年5月21日 (木)

武村さんの思い出(1/3)

Hi3e0032_3 今日、5月21日は尊敬するミュージシャンそして企業人である故武村信吾さんの7回目のご命日である。私は、公私にわたりご指導頂きたいへんお世話になった。2003年、武村さんは、ご親族、ご友人、ミュージシャン、会社の同僚、地域のたくさんの方々によって見送られた。現職の関西テレビ常務取締役で亡くなられたのだが、あふれ出る涙で弔辞が読めないほど悲しみをあらわにされていた同社の社長の様子が、武村さんの存在の大きさと、多くの方々に愛されていたことを物語っていた。ずっと音楽が流れる心に染みる葬儀だった。

あれからもう6年となる。

※画像は、ヌーボーでピアノ演奏中の武村さん

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2008年8月 7日 (木)

ミュージシャンという人種

ミュージシャンという人種は、どんな人種か。一言、とにかく音楽が好きである。私の周りにいるミュージシャンを眺めているとホントに音楽がジャズが好き、ということがよく判る。なにしろ、集まれば音楽の話をしている。

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2008年4月12日 (土)

第一回なにわジャズ大賞

080410_133901 一昨日の10日、”なにわジャズ大賞”創設及び第一回受賞者の記者発表が、大阪商工会議所にて行われた。同賞は、全国唯一のジャズミュージシャンの顕彰制度として15年間続けられてきた“中山正治ジャズ大賞”を、発展的に引き継ぐものとして新たに創設されたもの。同賞の運営委員会はジャズ音楽の発展を願うマスコミ、大学、医療、音楽関連など各界のジャズ愛好家によって構成され、会長には野村明雄大阪ガス会長(現大阪商工会議所会頭)が就任された。私は運営委員会事務局のお手伝いをさせてもらっておりこの記者会見に立ち会わせてもらった。

※写真は、記者会見の様子

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2008年1月23日 (水)

傘寿のお祝い

080119_164601_2 19日の土曜日、私たちのBluesin' Jazz Orchestraの名誉団長、手嶋祥一先生の傘寿(80才)のお祝いライブが難波の”B-Roxy”で開かれた。手嶋先生には、十数年にわたり先生の病院の音楽室をBJOの練習場に提供していただき、公私にわたりたいへんお世話になっている。会場には、ご友人や音楽仲間など約120名が集まりお祝いに駆けつけられた。午後二時からスタートした記念ライブでは、先生自身が参加されているバンドはじめ多くのミュージシャンが演奏に参加された。私もパーティの発起人としてBJOともども参加させてもらった。

※写真は、手嶋先生(左から二人目)、Hank Jonesさん(左から三人目)とお祝いに駆けつけたミュージシャン

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2007年8月24日 (金)

富樫雅彦さんの思い出

ドラマーの富樫雅彦さんがなくなったというニュースを聞いた。また一つの時代が終わった。学生時代最も良く聴きに行ったドラマーの一人だった。富樫さんが69年に不幸な事故によって、下半身不随になってからは、気軽にライブハウスで聴ける機会はほとんど無くなってしまった。私が大阪に帰ってきてからは、時たまジャズフェスティバルなどのテレビで見る程度で、結局一度も聴きにいくことはできなかった。大好きなドラマーだった。ご冥福を祈りたい。

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